インドのデリーで2週間ニートしてた話⑥

前回までのあらすじ

バラナシで出会ったインド人のムケさんに、「日本大使館に行ったら、騙されたお金が返ってくるかもしれない」と言われた僕は、ニューデリーへ向かう。

しかし、大使館を訪ねた僕を待っていたのは、冷酷な大使館役員のひと言しかなかった。

ニューデリーでの耐久ニート生活が決まった僕は、毎日チャイとバナナを食べて、散歩をして過ごす。

フライトまでの日程を潰すだけの日々を過ごしていたある日、僕はまたもや運命的な出会いをすることになる。

※前回で、フライトまで残り5日と書いたのですが、正しくは6日でした。失礼しました。

旅慣れた大学生Tくんとの出会いと彼に言われたひと言

毎日本当に暇を持て余す日々だった。

日々騒がしいインド人たちに揉まれながら、僕はニューデリーで完璧な「ニート」として生活を送っていた。

いよいよ帰りのフライトまで6日と迫ってきたある日のこと。

朝起きてタバコを吸おうとすると、ある日本人旅行者が、オーナーと一緒に部屋を1つずつ丁寧に確認して、英語で価格交渉していた。

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???

よし。それじゃあこの部屋にするよ。ここはいくらなの?

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ナブランのオーナー

ここは、250ルピーだ。

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???

えー。もっと安くしてよ。150ルピーでどう?

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ナブランのオーナー

いや無理だ。他の旅行者も同じ定価だ。

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???

えー?ホントに?あ、あの人は?

(日本語)ねえ!日本人ですよね?

あなたの部屋いくらですか?

このインド人の言ってることホントですか?

そう、いきなり僕に話しかけてきた。

とんだ流れ弾だなと思ったが、なかなか交渉上手だなと感心した。

旅に慣れてくると、みんな値段交渉に慣れてくる。

旅人の熟練度は交渉力にも現れるが、彼の場合はかなり長い間、旅を続けているように思えた。

確かに、他の旅行者に部屋の値段を確かめれば、相場いくらなのか分かるので、いい手段である。

僕は、長期宿泊を条件に、250ルピーのところを、200ルピーにしてもらっていたので、それを彼に伝えた。

すると、

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Tくん

ほら!あの人の部屋200ルピーじゃん!

嘘つくなよー!僕も200ルピーがいい。

オーナーは僕の方を見て、少し睨んでから、

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ナブランのオーナー

いやダメだ。彼は長期宿泊値段だ。

君はそんなに長い間泊まらないだろう。

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Tくん

まあ確かにそうだけど、、えーでも◎△◇×※◎△◇×※・・・・

そのあとも彼は粘り続けたが、結局オーナーの意志は変わらなかった。

交渉が終わると、彼は僕に挨拶をしてきた。

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Tくん

さっきはいきなり話しかけてごめんね!ありがとう!

背丈は160cmくらいで、メガネをかけていて、ワークパンツと赤いチェックのシャツを着ていて、靴は登山靴を履いていた。

明らかに僕と同じかそれより少し上の年齢だったが、あまりにも旅慣れているので、彼が学生だとは思わなかった。

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ゆーが

いえいえ。交渉上手いですね。

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Tくん

うん。さすがに2ヶ月くらい旅してるからね。

他の国の人より、インド人には強気にいった方がいいってことを学んだよ。

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ゆーが

2ヶ月もですか!!すごいな・・・

そのあと、彼は部屋に荷物を置いてから、僕のところへ来て、話をした。

彼は、早稲田大学政治経済学部の2年生で、2ヶ月少し前、クリスマスくらいにネパールからスタートして、西からここまで辿り着いたのだと言う。

その日程だと後期のテストは受けていないことになるが、彼は「大学なんてどうでもいい」と言っていた。早稲田はこういう人が多いから面白い。

どうりで旅慣れているわけだ。国境渡って旅をする人はだいたい本物だ。

お互いに自己紹介をした後、少し飯でも食いに行こうと言われたが、僕はお金がないので断った

しかし、彼に

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Tくん

チャイだけでも行こうよ!

と言われて一緒に飲みにいった。

その後、彼は少しデリーを1人で周りたいと言っていたので、彼とはそこで別れた。

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Tくん

夜いる?夜いたら、酒でも飲もうよ。

ウイスキー買ってくるから。

僕は正直なところ、ウイスキーは好きではないのだが、「まあせっかく買ってきてくれるしな・・・」と思って約束しておいた。

そして、そのあと、僕はいつも通りのルーティンを行って日が傾いて行くのを待った。

 

 

夜になり、Tくんが約束どおりウイスキーを買って帰ってきた。

オーナーにコップをもらって、2人でウイスキーを水で割って飲みながら、タバコを吸った。

彼とは、まだ会って初日とは思えないくらい、不思議な親近感が湧いた。

ただ、同じ大学のキャンパス内にいたら、多分仲良くなってないなというタイプだった。

最初の交渉の時から思っていたが、自己主張がめちゃくちゃ強い。

僕たちは、これまでのお互いの旅の話や、大学で何を専攻しているのか、大学生活は楽しいか、何県出身なのか、どんな高校生だったのか、好きなものは何か、将来は何の仕事がしたいのか、などなど、色々なことを話した。

そのうちに、これから先の旅の日程についての話になった。

彼は、このまま一旦北まで行って、行けたらパキスタンに入って、少し観光したいと言っていた。

僕は、このまま、この後も4日間宿にいて、フライトを待つ予定だという話をした。

一通り話が終わると、彼は、こう呟いた。

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Tくん

そっかあ。でも、あと5日で日本に帰っちゃうのか。

話を聞いてる感じ、旅っていうより、苦行だね。

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ゆーが

そう。あと5日でようやく刑期が終わる笑

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Tくん

ここは独房だもんね笑 

でも、せっかくインドに来たのに、君はあんまり楽しめてない気がするんだけど、それについてはどう思ってるの?

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ゆーが

うーん。

まあ騙されたのは俺が悪いし、これはこれでいいかなって思ってる。

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Tくん

ホントに?

お金があったら本当は行きたかった場所とかないの?

僕は、その時初めて、この旅で「どこに行きたいか」を考えた。

1人旅の醍醐味は、自分で自由に「どこに行くか」を決められるところにあるのに、僕は1回もそれを考えられていなかった。僕は自由ではなかった。

どこに行きたいかを聞かれた時に思い浮かんできたのが、カジュラホの宿でカナダ人のおっさんから聞いた、ジャイサルメールの話だった。

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カナダ人のおっさん

ジャイサルメールは、めちゃくちゃいいところだったよ。

私は砂漠に行ってラクダに乗って、夜は砂漠で布団を敷いて寝たよ。

砂漠は異常に静かで、ほとんど何も聞こえないんだ。

何と言っても、1番の見どころは、満天の星空だ。

寝ながらこの世で1番美しいプラネタリウムを見れるんだ。どうだ?

最高の贅沢じゃないか?

君らも機会があったら行くといいよ。本当に心が浄化される。

その時に、そんなに推すならジャイサルメールに行きたいなあとぼやっと思っていたが、現実的に無理だったので、あまり考えないようにした。

そこで、僕はジャイサルメールに行ってみたいなと答えた。

すると、彼は部屋から地図を持ってきて、どの辺なのか調べ始めた。

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Tくん

ああ。ここか。

かなり西だけど、今から行けない距離じゃないね。

5日あったら行ける。

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ゆーが

え?

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Tくん

僕は旅が好きなんだ。

でも君はこのインド旅を全く楽しめてないように思う。

だから、僕が君に1万円あげる。

そのお金で、ジャイサルメールへ行ってきなよ。

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ゆーが

え、、でもTくんもこれから旅続けるんじゃないの?お金もそんなに無いんじゃない?

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Tくん

うーん。まあ確かにそんなにあるわけじゃないけど、1万円無くなったところで、どうってことはない。

それより、君に使ってもらった方がいい気がするんだ。

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ゆーが

え、でも、、

僕は結構断った。

何で今日会ったばかりの人に、この人は旅人にとって重要な、自分の資金を無償で渡してくれるのだろう。

長期の旅をもう2ヶ月もしているとはいっても、彼もこれから旅を続けるなら、1万円はかなり大きい。

それでもTくんは譲らなかった。

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Tくん

だって次インドに来るなんていつになるんだよ?

もうないかもしれないじゃん。

だったら、最後にいい思い出作って帰ってきなよ

ほら、受け取って。

そう言って、彼はお金をくれた。僕はかなりウルっときた。

それと同時に何か身体のうちからこみ上げて来るものを感じた。

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ゆーが

わかった。

明日チケットを買いに行って、そのままジャイサルメールに向かうよ。

本当にありがとう。一生忘れない。

この旅で、助けてもらった人は、ムケさんやTくん以外にも実はたくさんいるが、ここでは書ききれない。

それは、インド人だったり日本人だったり。本当にみんなにありがとうと言いたい。

その中でも、Tくんのこの慈悲深い1万円については、僕は今でもめちゃくちゃ感謝している。

日本で使う1万円と、この時にもらった1万円が本当に等価なのか、今でも信じられない。

「お金は使い方によって、幸福度が大きく異なる」と、どこかの経済学者が言っていたが、この時に僕は身を以てそれを思い知った。

出発と感謝-ジャイサルメールへ

次の日、僕は朝から近くの換金所で、1万円をインドルピーに換えてから、ニューデリー駅に行って、その日の夜出発のチケットを買った。

Tくんにチケットがあったことを伝えると、彼も喜んでくれた。

そして、長らくお世話になったオーナーに挨拶し、礼を言った。

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ナブランのオーナー

どこに行くんだ?

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ゆーが

ジャイサルメールです。

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ナブランのオーナー

あーラジャスタンだね。いいところだよ。

気をつけて旅をするようにね。

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ゆーが

うん。ありがとう。

そう言うと、オーナーはヒンドゥー語で何かを唱えてくれた。

多分おまじないみたいなものだったと思う。

ありがとうオーナー。耳を大事にして長生きして欲しい。

Tくんにも別れを告げて、宿を後にし、僕はニューデリー駅ではなく、オールドデリー駅に向かった。

そして、電車に乗り込んで、機内食みたいなものを食べた。

この旅で、僕は初めてワクワクしていた。

これから砂漠に行くんだ。

そして、世界で1番綺麗な星空を見るんだ。

身体に活力が漲って来る感じがした。

久しぶりに旅ができていることに、身体が喜んでいた。

 

 

ジャイサルメールには、翌日の午後1時くらいに到着した。

宿は、カジュラホでカナダ人のおっちゃんが、「トーキョーパレス」という宿をおすすめしていた。

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カナダ人のおっちゃん

ああ、それから私が泊まった宿が「トーキョーパレス」って言ってな。

ミソスープが無料で飲めるんだ。

私はあまり好きじゃないけど、日本人にとってはソウルフードみたいなもんなんだろう?

サービスも良かったし、最高だったよ。

トーキョーパレス。いかにも日本人宿っぽい名前だった。

他の宿でも良かったが、「地球の歩き方」を読んで、すごく評価が高かったので、僕はトーキョーパレスに泊まることに決めた。

ジャイサルメールの駅に着くと、これまたインドのどこの駅でも見てきた光景がリピートされた。

駅で待っている運転手たちは、みんなそれぞれホテルの名前が書いてある看板を持って、話しかけてくる。

僕は、「Tokyo Palace」と書かれた看板を持っているインド人のところへ行き、宿のドミトリーの部屋は空いているか聞き、乗り込んだ。

駅から宿までは、車で5分くらいだった。

外観からして、これまで泊まったどの宿よりも、明らかに良いゲストハウスだろうなという感じがした。

ロビーもとっても広くて、「パレス」という名前に相応しい内装になっていた。

名前はトーキョーパレスだが、働いているのはみんなインド人だった。

彼らは少し日本語ができた。

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スタッフ

コンニチハー!ヨウコソ!

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ゆーが

こんにちは笑

ヨウコソの発音が可愛かったので、笑ってしまった。

そこからはだいたい英語だ。

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スタッフ

えーと、部屋はドミトリーで良いですか?

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ゆーが

はい、大丈夫です。

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スタッフ

砂漠は今日行くんですか?

多分今日なら日本人の旅行者もたくさんいるし、楽しいと思いますよ。

まあ日本人がいるかどうかは、どうでも良かったが、早く砂漠に行きたかった。

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ゆーが

じゃあ、今日にします。

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スタッフ

オーケー。

そうしたら、この後2時間後に出発するので、ロビーで少し待っててください。

あ、ウェルカム味噌汁ありますけど、どうしますか?

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ゆーが

じゃあ、頂きます。

僕は、ロビーでウェルカム味噌汁を飲みながら、2時間ほど待った。

時間になると、ぞろぞろと日本人の旅行者が集ってきて、お互いに挨拶をした。

日本人以外にも、オランダ人の男性が1人とヨーロッパ人の夫婦が2人、アジア系の人が3、4人いた。

だいたい15人くらいの団体で、車に乗って、砂漠に向かって出発した。

広大な砂漠と満天の星空-旅の喜び

砂漠は、どこまでも続いていて、地平線は真っ直ぐだった。

僕たちは、車で砂漠まで行き、途中からラクダに乗り換えて、さらに砂漠の奥の方、地平線が綺麗に見える地点まで移動した。

ラクダに乗るのは、初めてだったので、とても怖かったが、何分か乗っているうちに慣れてきた。

ゾウにも乗ったことがあるが、それとは違って、ラクダはコブが硬くて、歩くたびにドスンドスンと上下に揺れる。

昔の王様が、ゾウに乗ったり、ラクダに乗ったりして、移動している絵を歴史の授業で見たことがあったが、思ったより心地良いものではないなと思った。

僕は、オランダ人のデイビットの隣のラクダで並列して乗っていて、お互いタバコを吸っていたので(彼はアムス出身だったのでマリファナも吸っていたけど)、仲良くなった。

デイビットは、28歳で、仕事を辞めて世界を旅している最中だと言っていた。これまで行った国々の話を聞いていて、そんな人生も良いなと思った。

良い景色が見えるポイントまで行くと、ちょうど夕日が沈み始めるくらいの時間帯だった。

僕は、水平線に沈む夕日をしっかり見たことはあったが、地平線に沈む夕日はこれまで見たことがなかった。

そもそも国土の面積が小さく、山の多い日本では、そもそも地平線を見たことも無い人が多いのではないだろうか。

地平線に沈む夕日はこれまで見たどんな夕日より大きくて綺麗だった。

思えば、これまでの人生でどんな夕日を見ても心を打たれたことが無かったが、この夕日は本当に感動したのを覚えている。

日が沈んで、夜になると、一気に気温が下がって、とんでもなく寒くなった。

砂漠に住んでいる人は、どうやって体温調節しているのだろうか。

 

 

その夜、僕は生まれて初めて、砂漠に布団を敷いて寝た。

そして、生まれて初めて、景色を見て心が浄化される感覚になった。

カナダ人のおっちゃんが言っていたように、砂漠はシンと静まり返っていて、本当に何も聞こえなかった。

静寂。

そして目を開けると、そこには、無数の星々が視界の端から端まで、広がっている。

これが本当に僕が普段日本で見ている空なのだろうか。

星ってこんなに綺麗だったんだろうか。

砂漠は、普段は全く見えないであろう星の輝きをも見せてくれた。

こんなに贅沢なプラネタリウムを見ながら寝れるなんて、どれだけ自分は恵まれているのだろう、という気持ちになった。

見ているだけで空に吸い込まれてしまいそうだった。

それと同時に、僕は、お金をくれたTくんに本当に感謝した。

彼がいなかったら、こんな星空は拝めていないし、もしかしたらジャイサルメールに来ることなんて一生無かったと思う。

彼の慈悲深い1万円は、僕に最高の体験をもたらしてくれた。

そして、そして、僕はこの旅で仲良くなった全ての人、親切にしてくれて全ての人に感謝したい気持ちになった。

本当にありがとう。

僕は自分の意識が続く限り、襲ってくる睡魔と戦い、いつまでも満天の星空を1つ1つ丁寧に見ながら、感謝の気持ちで眠りについた。

エピローグ:インド旅で学んだこと

以上、僕が2017年の2月初旬〜3月初旬までインドを旅した時の回想記録である。

まさかこんなに長く書くことになると思わず、書き出したら自分でもびっくりするくらい色々書いてしまった。

今月中にどうしてもこれだけは書いておきたかった。

多くの人が読んでくれる記事ではなかったと思うけど、それでもここまで読んでくれた人には感謝したい。

この僕のインドの旅を読んで、あなたはどう思うだろうか。

僕はこの話をすると、だいたいの人に「可哀想」とか「よく生き残ったね」とか「面白い」とか「苦行じゃん」…とか色々な感想を言われる。

確かに、側から見たら、ただの苦行かもしれない。

実際に僕はこの時体重が10kgくらい落ちた。

でも、今振り返っても、僕的には、このインド旅は本当に学びの多い旅だったと思う。

具体的に何を学んだかを自分でもまとめておきたかったので、3つあげてみた。

  1. 人間は意外と死なない
  2. 人間を人種で判断してはいけない
  3. 失敗はだいたいがネタになる

1つ目は、人間は意外と死なないということだ。

この旅では、最初に通行人に窓から殴られた時に、一瞬だったけど死を覚悟したし、アグラからカジュラホに向かう電車の中では、残りの金額だけで、インドを3週間生き残れるのか不安で仕方なかった。

また、この記事には書いていないが、デリーでのニート生活中に、僕は信じられないくらい激しい腹痛で、深夜病院に運ばれている。

その時も、ついに死ぬんじゃないかと思った。

そういう意味では、このインド旅は相当ハードだったし、死を意識することが非常に多かったように思う。

でも、終わってみたら、意外と普通に帰って来れたし、今もピンピン生きている。

多分、僕1人だけだったら、この旅は生き残れなかったかもしれない。

でも、旅の途中で仲良くなった人に、食事を奢ってもらったり、腹痛で倒れた時も、オーナーに病院まで運んでもらったりと、人に助けられることが多かった

人は人がいる限り、意外と死なない。

どんな国籍の人であっても、誰か困っている人がいたら、助けようとするのが人間であり、そうしてくれる人がほとんどなのだということを知った。

 

2つ目は、人間を人種で判断してはいけないということだ。

僕は、旅の最初にインド人に騙されたことから、インド人という人種を憎んでいたし、彼らを全員敵のような目で見ていた

しかし、旅を続けていく中で、インド人が全員悪い訳ではなく、親切なインド人も沢山いるということを知った。

確かに、多くのインド人(特にデリー)は、日本人旅行者に対して、出来るだけお金を絞りあげよう、騙そう、としてくる傾向がある。

ただ、それはあくまで「傾向」にすぎなかった。

1度インド人に悪いことをされたからといって、その他のインド人も全てひどい奴らなのかといえば、それは違う。

僕は、親切なインド人に出会うまで、そんな簡単なことにも気づかず、全てのインド人を憎んでしまっていた。恥ずかしいことだ。

あくまでも悪いことをした「その人」が悪いのであり、その人種が全員悪いやつな訳では無い。

これは、世界で起こっている全ての差別や偏見に共通して言えることだと思う。

だから、悪いことをした、もしくはされた人に対して、「人種」という一括りでその他大勢をカテゴライズしてしまうのは、絶対に辞めようと心に誓った。

噂や人から聞いた情報で判断するのではなく、自分で見たこと、経験したことだけを信じることの大切さを、僕は改めて学ぶことができた。

 

3つ目は、失敗はだいたいがネタになるということだ。

「失敗は、だいたいがネタになる」というのは、このインドの旅で学んだことの中でも大きいものの1つだ。

このインドの旅から帰ってきて、成田空港の到着ターミナルに着いた時、僕は何故か涙が出た。

そのくらい日本に帰って来れたことが嬉しかったし、旅がハードなものだったんだと思う。

旅中も、「あそこで騙されなかったらなあ」とか後悔して、暗い気持ちになることが多かった。

でも、実際この話を話すとだいたいみんな食いついてくれたし、話としてめちゃくちゃ面白いと言ってもらえることが多かった。

そして、今こうしてブログという形で失敗談を綴っている。

多分インドで騙されなかったら、僕は人に話せるほどインドの思い出は残らなかっただろうし、こうして記事を書くことも無かった。

失敗して直後は、悲しくて不安な気持ちにもなるけど、時間が経てば、そんなものは過去の笑い話にしかならないものなのだ。

「死ぬこと以外かすり傷」なんて言葉もあるが、割と失敗したことなんて大したことないんだなと、身を以て感じることができた。

 

もう薄い記憶になりつつあるインドの記憶を書き出すのは、とんでもなく時間がかかってしまった。

書いてもお金にならないし、この記事を読んでくれている人はPV数からも分かるように、そんなに多くない。

ただ、個人的には、こうして自分のブログにこの旅の経験を、今書き納めることが出来て、本当によかったと思う。すっきりした。

ここまで読んでくれてありがとうございました!終わり!!

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